「……ふぁああ。眠ぃ」
まだ太陽が登ったばかりで肌寒い、眠気を覚ます様に外気に晒され冷たくなった耳たぶをひねる。指先に伝わる冷たい感覚がまるで自分の不安を映し出すかの様だった。風が俺のそばを通り過ぎる。俺はなんとか日常にしがみつく様にバス停を目指す。
サンディエゴは、ニューヨークやロサンゼルスほどの大都市ではないが、それでもアメリカの主要都市の1つである。
俺が住んでいるシヴィックセンター周辺は、高層ビルやオフィスエリアが立ち並び、観光地も多いビジネス街だ。しかし裏通りではホームレスが多く、……ナショナルシティまで治安は悪くないところだが、麻薬や軽犯罪が発生しやすいエリアである。
………そう、住民の経済格差が大きい場所だ。
そんな街並みの一角、大通り沿いにバス停がある。俺の通う公立高校行きのバス停だ。
一応、そこまで荒れていない学校だと思うが……こんな街にあるため、不良やギャング予備軍らしき生徒と、そうじゃない生徒の格差が激しい。
貧困層向けの学費免除プログラムとかもあり、「優秀な生徒は大学へ、そうでない者はギャングや低賃金労働へ」という格差が可視化されているかの様な環境だ。
俺は、優秀でも落ちこぼれでもなく、可もなく不可もなしぐらいの……体育がちょっと得意ぐらいしか良いところが無い、至って普通な成績だ。まぁ、高校卒業したらそのまま、……警官に、な、ろう…と思ってたから……別にいいんだけど。
何か尖ったものがあれば、貧困層でも1発逆転を狙える____!!!
そんな感じの学校だ。
「あ、エイデンおはよう!」
サラリとしたストレートヘアが似合う、160cmぐらいの小柄な男の子がこちらへ手を振っている。大きなメガネに、だぼだぼのパーカー。赤茶色の髪が太陽の光を反射させている様で、とても眩しかった。
コイツの名は「ノア・クレイン」家が近く、なんだかんだ小学校の頃から一緒にいる友人だ。
真面目で、めちゃくちゃ勉強ができる……本当、マジで頭がいい。コイツのおかげで俺は赤点とってないと言っても過言じゃないぐらい、定期試験前にはいっつもお世話になっているノア・クレイン様である。
「ねぇ、エイデン!昨日のあのニュース見た!? ナショナルシティで変死体が2体見つかった事件」
胸が一瞬で冷たくなった。まさか、俺の…?? 違う、違ってくれ。心の中で必死に否定するが疑念は消えない。とりあえず、友人に返事を返す。
「え……あ、ああ」
「血まみれのモノと、右太ももだけ損傷のある綺麗な変死体。2体ともどうやって死んだのか全くわからない事件で、本当に怖いよね!!!」
「あ、ああ……そうだな」
うっわ。そのニュース見てないけどめちゃくちゃ知ってる。もうやだ。やめてくれ。それ犯人俺のやつじゃん!?
…………もうニュースになってるの!?
マジかよ。やめろ。もう話すな。なぁ。天気の話とかしようよ。。。でも、どんな話が流れているのかとか世間の認識はどうなのかとかは…………とても気になる。ともかく、普通のフリをしないと!!!
俺は、一昨日と同じ俺でいるんだ!!!
(……覚悟を決めろ。俺!!!)
息を深く吸って吐いてから、俺は、恐る恐る聞いた。
「……えっと。 そのニュースって……その、話題なのか? 俺昨日休んでたしあまり知らなくてさ」
「うん!!! ナショナルシティはここからとても近いからね! 昨日も学校中でサンディエゴも治安が悪くなったねぇ……ってこの話題で持ち切りだったよ!この特徴的な2つの変死体には共通点があるのか!とか、どうやって死んだのか!……とか」
………嘘だろ。マジかよ。もっとマシなニュース流せよ。ってか「うん!!!」ってw
そんな元気よく答えるなよ。。。本当。頼むから。
俺は友人の顔を見るのが怖くて、悩む様に下を向いた。俺、肋間神経痛かもしれない。さっきからめちゃくちゃ呼吸しづらいし、心臓が煩くて痛い。
「っていうか、今日テンション低いねエイデン!……っていうかうっすら頬も腫れているし顔色も悪そうだよ? 大丈夫???」
「えっ?……あぁ、あまり寝れなくてな」
いや、お前のテンションが高いんだよ!!!ノア!!!
くっそふざけんなよ、変死体が見つかったニュースなんかで盛り上がりやがって!!!
こんな爽やかな朝なのにいきなり物騒な事件の話しやがって!!!
俺は、眉を顰めながら下唇を噛んだ。悔しさと虚しさとなんかごちゃごちゃした感情が混ざり合ってて、俺は俺自身がよくわからなかった。
「そっか。あまり無理はしないでね。……ちなみに、警官志望のエイデン・カーター氏はこの事件、どうみてますか?」
ノアはずいっと拳を俺の口元に近づけて来た。俺が犯人じゃなければくっそ楽しい登校時間だっただろうに……俺は精一杯の作り笑いを浮かべながら友人の冗談に乗る。
「…………なかなかの怪事件ですね。不可解な点が多すぎるので引き続き進展を待ちたいと思います。ちなみに、医者志望のノア・クレイン氏はこの変死体の死因を、どうみてますか?」
「……そうですね。。。あまりにも変な死に方なので、何らかの薬物や、何らかの実験が行われたんじゃないかと推測しています。しかし、発見された場所が路地裏なのでその点がとても引っ掛かっております。私も引き続き捜査の進展を待ちたいと思います」
(やめろ。マジでやめろ。そんな事件の進展待たないで下さい。……本当に、頼むよ。進展なんてないでいてくれ、冗談じゃない。あれは事故なんだ…本当に。)
俺は、これ以上ニュースが広がらないこと、もうこのニュースが話題にならないことを、そして俺に振られないことを心から願った。
そうこうしているうちに、バスが来て、学校に到着した。
俺のその願いは虚しく、どいつもこいつも、廊下でも教室でも、この事件の話でいっぱいだった。全く授業が耳に入らなかった。先生の声が頭に入ってこないし、俺はノートにペンを走らせるフリだけしていた。
対ノアだったからなんとか耐えられたのかもしれない……これは、この人数は、流石に、耐えられなかった。
だって、この事件の話を聞く度に、俺は……が気づいてないだけで、何かしらの普通じゃない様子を出してしまっているかもしれない。。。自分で自分の言動に自信が持てない。
周囲の視線がめちゃくちゃ気になる。全て俺についてコソコソ話しているようで、怖い。
実は目撃者がいて俺が犯人だってバレているんじゃないか、俺の様子がおかしくて通報されるんじゃないか……色々嫌な可能性が頭をよぎる。そんなことはないとわかってるのに、何気ない周囲の会話やざわめきがとても怖く感じた。あの子の視線も俺を見ているように感じる…………当に。これも、多分見てないんだろうってことは頭ではわかってるんだけど。どうも怖い。
加えて、何人か俺に声をかけて来た。その度に俺は、自分自身の心配をして……何人かは俺の体調の心配をしてくれる人がいた。ノア以外にも俺の異変に気づく奴がいたのだ。本当は誰かから心配されると言うことは嬉しいはずなのに、今日ばかりは嬉しくはなかった。心配される度に胃から何かが込み上げて来たし、体調が悪くなる気がした。
「ほら昨日休んじゃったしまだちょっと体調悪くて……」この嘘がいつまで通じるかわからない。何で、俺は……こんな目に遭ってるんだ???
(何で俺は……学校に行こうとしたんだ???)
そこまで思って、ハッと気づいた。
(そうだ、普通の生活を維持する為だ。母さんに心配をかけたくないし、俺はこのまま、この生活を維持したい。その為に俺は死体からジャケットも奪ったじゃないか!!!誰にもバレずに帰宅したじゃないか!!!)
気持ちを切り替え俺は、今からでも学校生活を楽しもうとした。
………気づけば昼休みになっていた。
本当に、もう半日が終わってた。いつの間にか昼休みに入り、昼休みも始まってから半分過ぎてた。あまりの時間の早さに正直驚きを隠せなかった。
そして、いつもなら昼休み一緒にご飯食べよとノアから声掛けられるはずなのにノアが教室に居なかった。珍しいこともあるもんだなぁ…と、俺は購買でピーナッツバターサンドを買って食べた。午後からの体育の授業だけを楽しみに今日は過ごすことにした。
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「ナイスショット!!!」
体育館で、キュッキュ、ドタバタと走る音。その音のビートを刻むようにドンドンとボールを地面に叩きつける様なドリブル音。俺たちは今バスケしている。
最高に楽しい!!!
他の雑音も目線もないし、ボールだけ追っていれば良い。なんて最高な時間なんだ!!!
バスケ楽しい!!!体育最高!!!!
あ。ちなみにノアは昼休み、職員室へ呼ばれていたそうだ。朝と比べて元気がない……つーかテンションが低い気がする。職員室で何かあったのか、体育苦手だからか…いや、無いとは思うけど俺が先にご飯食べちゃったからか、理由はわからない。ただ少し落ち込んでいる様に見えた。
「エイデン、決めちゃえよ!」
そう言って俺にボールが回って来た。遮るものも居ない、この距離からなら打てる!と俺はジャンプし、ゴールに狙いを定めた。
(……お前が撃ちたいと願ったからこの男は死んだ)
脳内で、一昨日の出来事がフラッシュバックする____俺が太ももなんて狙わなきゃギャングは生きていたあの事件だ。
トン。トン、コロコロとボールが手から落ちどこかへ転がっていく……打てなかった。
「おいおい、らしくねぇじゃん。大丈夫かよ」
クラスメイトの1人が近づき、肩トンして来た。俺はドキッとする。
「……え? ああ。わりぃ」
咄嗟に謝り、俺は俯く__訂正。やっぱ体育楽しくない。
「はい!!! やっぱりエイデン体調悪いと思うので、僕が保健室連れて行きます!」
体育館に明るい声が、キュッキュと鳴らす靴の音やドンドンとしたボール音を遮って俺の耳に届く。声の主はノアだった。先生とやり取りした後、こちらに向かって手を差し出して来た。
「ほら行こう」
俺の信じるべきはノア様かもしれない。試験前の時といいコイツめっちゃ俺のこと救ってくれるやん!!!
「ありがとう」そう呟いて俺は、ノアに連れ去られる様に体育館を後にした。
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「ねぇ、エイデン。本当に体調悪くないの?」
「ああ。熱もないし咳もないし喉も痛くないからな」
「あのさ、エイデン。僕は君が風邪引いてると思ってないんだよ……というか風邪ならバスケしないだろ!!!」
「ははははw 確かに!」
俺たちは今、授業の邪魔にならないようなところをほっつき歩いてる。保健室行く前に少し歩きたいと言った俺のサボりの提案にノアが乗っかってきてくれたからだ。やべぇそろそろ外階段2週目だ次は技術棟の方歩こうかな。。。
「ねぇ、あのさ……。ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど良いかな?」
急に真面目なトーン。俺は立ち止まって返答した。
「ん? ああどうした?」
「歩きながらで良いんだけど…いや、歩きながらのほうがいいかな……。あのね。奨学金打ち切られたんだ」
体育館での声や、先ほどと会話してた時とは違う、細くて弱々しい声。俺は、聞き漏らさない様に集中する。ノアは続ける。
「3日前の定期試験覚えている? 僕が、全教科学年で1位とったやつ……。あの試験前に、お前の成績じゃぁ奨学金打ち切りになるぞと、学年主任から言われてて…それで、僕、頑張ったんだけど……なんか、ダメだったみたいで」
「うん」
「今日の昼……正式に…奨学金打ち切りになっちゃったって、先生たちに言われて」
今にも泣き出しそうな声。俺はノアと一緒に試験勉強してたからわかる。いつも以上に必死だったこと、そして、その結果がちゃんとついて来てめちゃくちゃ喜んでたことを。
「……僕の家、そんな裕福じゃないから……、もう一緒に学校に行けなくなるかもしれない…。それに、大学進学して、医者になる夢も諦めなきゃいけないかもしれないっ……」
俺は、ノアになんて声を掛ければいいのかわからなかった。会話は続く。
「それでね、エイデン。その事姉さんに話たら、同じ学校の信頼できるやつ連れてこいって言われて」
「……うん?」
「だからさ、放課後。僕の家来てくれないかな……!!!」
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ノアの姉ちゃん「ソフィア・クレイン」はジャーナリストだ。だから正直会いたくない。
でも、俺は、ノアには何回も助けられている。さっきだって助けられた。
だから、助けられることがあるなら助けたい。力になりたい。それに、いつも頑張っている姿を見ていたからか、奨学金が打ち切りになった話を聞いて、俺は少し怒りが湧いた。
……全教科学年1位とったのに、奨学金打ち切りはあまりにも理不尽すぎる!!!__と。
マジで、お前の姉ちゃんに呼ばれた理由が見当皆無だし、ジャーナリストと接点を持つ様なんてリスクを犯したくはないのだが…………仕方がない。俺は快く承諾した。
ノアの家、勉強会以来……5日?ぶりだ!
お菓子でも買って持っていこうと、俺は俺の現実から目を逸らす様に、友人を少しでも元気づけられる様に、現実逃避に勤しむことにした。

コメントくださいお嬢様!